大判例

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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)4917号 判決

原告 鈴木彰

右訴訟代理人弁護士 安達幸次郎

同 神岡信行

同 伊藤忠敬

同 金丸弘司

被告 大成総業株式会社 (旧商号・大生興産株式会社)

右代表者代表取締役 浅野匠三

右訴訟代理人弁護士 山根篤

同 下飯坂常也

同 海老原元彦

同 広田寿徳

同 竹内洋

同 馬瀬隆之

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、別紙物件目録記載の建物につき、別紙図面(一)記載の甲・乙点を結ぶ直線の上部朱線相当部分から東西に向って水平を取壊せ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告が建築したマンション

被告は、昭和四七年春ころ、東京都新宿区上落合二丁目四六六番一宅地上に、東西に幅二一・七五メートル、長さ三七・六五メートル、高さ三〇・六五メートル(但し、八階部分まででは二三・九〇メートル)の別紙物件目録記載の建物(以下「被告マンション」という。)を新築完成し、所有しているものである。

2  原告と被告の両建物の位置関係および高度差

原告は、昭和三〇年ころ以降、被告マンションの敷地北北東寄りの四メートルの道路を左斜めに隔てた被告マンションの真北にあたる原告の肩書住所地所在の原告所有宅地に東西に細長い木造亜鉛メッキ綱板葺平家建(一一二・三九平方メートル、以下「原告住居」という。)を建築所有し、家族と共に居住している者である。右両建物の位置関係および高度差は別紙図面(一)、(二)記載のとおりである。

3  被告の加害行為

原告住居は、被告マンションの建築前には一〇〇パーセントの日照を享けてきたが、被告マンションの完成により、別紙図面(二)記載のとおり冬至における午前九時ころの時点においては、原告住宅の南側全面が全く日陰となり、午前一一時ころの時点では、僅かに西側一部の寝室に日照があるだけで、家庭生活において最も日照を必要とする居間および子供部屋には全く日照がなく、右居間には午後零時の時点においても、日照が全くない状況である。

4  加害行為の違法性

(一) 環境権の侵害

環境権は、人が健康で快適な生活を維持するために必要なすべての条件を充足したよい環境を求める権利であり、これらの環境の侵害を排除しうる権能を持つ排他的な権利である。この権利は、人間が生まれながらにして持つ基本的人権の一つであり、人間生存のための絶対権であって、すべての国民に平等に認められるべき権利である。日照が快適で健康な生活の享受のために必要不可欠のものである以上、右環境の中には日照が含まれることは当然である。

しかして、環境権は、一面権利の客体たる水・空気・日照等の自然財が財産的価値を有するに至った現在これを支配しうる権能としての一つの財産権であり、他面、人の存在そのものを保護しようとする生存権的基本権として人格権的性格を帯有するものであるから前記のように排他的性質を有し、その侵犯を受けた被害者は侵犯行為の撤回を求めうるものである。

右環境権の法的根拠は、憲法の基本原理であるところの基本的人権尊重主義に由来し、具体的には、憲法第一三条、第二五条にその根拠を求めることができるものというべきである。

(二) 所有権の侵害

仮に、右(一)主張の環境権が認められないとしても、原告は、原告住居およびその敷地を所有する者である。土地および建物の所有権には、それらに対する日照阻害等の妨害から保護さるべき生活を求めうる権利が包含されていると、解さるべきである。されば、その所有権に基づく妨害排除請求権を根拠として、前記原告所有の土地および建物に対する被告の日照阻害の排除を求める。

5  よって、原告は被告に対し、被告マンションについて別紙図面(一)記載の甲・乙点を結ぶ直線の上部朱線相当部分から東西に向って水平に取壊すことを求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、原告住居の建築年月日、建坪および同住居に原告が家族と共に居住しているとの点は不知、その余の事実は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4の(一)・(二)の各主張は争う。

三  被告の主張

1  被告マンションの原告住居に及ぼす日照被害の程度は年間を通じ、太陽の南中高度の最も低い冬至の時点においても、原告が主張するように、午前九時の時点で原告住居の南側が日陰となるものの、午前一一時三〇分には既に原告住居西側の寝室には日照があり、午後零時三〇分には被告マンションの影は原告住居の東側まで下り原告住居に対し全く影響を及ぼさない。また、年間を通じ、春分(三月二〇日)から秋分(九月二三日)までの間は、被告マンションの影は原告住居に対し全く影響を及ぼさず、冬至の前後二ヵ月の時点、すなわち、一〇月二一日および二月二一日においては、午前一一時前後において原告方の庭のごく一部に本件マンションの頭頂部の影が落ちるだけで、原告住居自体には全く影響を及ぼさないし、また、冬至の前後一ヵ月半の時点、すなわち、一一月六日および二月六日においては、午後零時までの間、原告方の庭の一部(南端道路添の部分)に日影があるほか、原告住居の一部に午前一一時前後僅かの時間(一時間未満)被告マンションの頭頂部による日影があるだけである。

以上によって明らかな如く、被告マンションにより原告住居の受ける日照遮蔽の程度は、一年間のうち、冬至の前後の極く僅かの期間だけであり、しかもその期間における日影の程度も極く僅かなものといわなければならない。

被告マンションおよび原告住居はともに東京都中心部に位置し、右地域における土地の高度利用、再開発の必要性は、地価の高騰と人口の都市流入に伴なう住宅不足から益々強く要請されているところであって、右にみた程度の日照の遮蔽は、原告においてこれを受忍すべきものであり、これを理由とする建物の取壊の請求は到底許されないものといわなければならない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  被告が、昭和四七年春ころ、東京都新宿区上落合二丁目四六六番一宅地上に、被告マンションを建築完成したこと、原告が被告マンションの北北東寄りの四メートル道路を左斜めに隔てた被告マンションの真北にあたる原告の肩書住所地に東西に細長い木造亜鉛メッキ鋼板葺平家およびその敷地を所有していること、右両建物の位置関係および高度差は別紙図面(一)・(二)記載のとおりであることは当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫によれば、原告住居は昭和三〇年ころ建築された建坪一一二・三九平方メートルの建物で、ここには、そのころから原告本人およびその家族らが居住していること、同所は、国電新宿駅から電車で約一〇分のところにあって、原告住居の北方徒歩二、三分のところには西武新宿線の中井駅があり、さらに原告宅南西方向徒歩三、四分のところには地下鉄東西線の落合駅があること、原告住居の近隣における高い建物は被告マンションを除いては原告住居の北西方向にある山手通りに面したところに七、八階建ての建物が一棟と他の場所に三、四階建ての建物が一棟あるだけで、そのほかのは低い建物だけであることがそれぞれ認められる。

二  そこで、原告主張の日照被害の有無、程度について考えるに、原告がその3において主張する、「原告住居が被告マンション建築前には一〇〇パーセントの日照を享けてきたが、被告マンションの完成により………右居間には午後零時の時点においても、日照が全くない状況である。」旨の事実は、当事者間に争いがない。

ところで≪証拠省略≫を総合すれば、被告マンションにより原告が被る日照被害の状況は、原告住居の建物の南側居間開口部の中心点からみると、最も日照の必要とされる冬至においてさえ、午前九時四〇分過ぎから午後零時一〇分ころまでの約二時間三〇分の間阻害されるに過ぎず、冬至を過ぎ太陽高度が上昇するにつれてその阻害は著しく減少し、遅くとも、二月中旬すぎには日照の阻害からはほぼ開放されることが認められる。

三  以上の事実を前提にして、被告マンションの建築によって生じた前記認定の日照阻害が違法であるかどうかの点について判断する。

ところで、周辺土地に建物等が建築されるに伴ない生ずる日照阻害等の生活利益の侵害が違法とされるのは、その被害が社会生活上一般的に被害者が受忍するを相当とする限度を越えたと認められる場合であって、その判定に当っては、周辺の地域性、被害の程度、被害土地の広さ、地形等を客観的に比較衡量し、原因建造物との関係で被害土地が享有しうる日照等の生活利益(量)を考察した結果、その侵害行為の違法性の存否を判断するのが相当である。

しかるに、前記認定の事実によれば被告マンションによって、原告住居の日照が阻害され、日常生活においてある程度の不利益を被ることが認められるが、その日照阻害の程度が前記のとおりであり、前掲各証拠および弁論の全趣旨によれば、本件両土地の地域性等の諸事情を考慮しても、原告の受ける日照の被害が社会生活上原告が求めるように被告マンションの一部分を取壊しめる程度に受忍限度を超えているものとは、到底認めることはできない。

四  以上の次第であるから、爾余の点につき判断するまでもなく、被告マンションによる環境権或いは所有権の侵害を根拠として、前記のとおり被告マンションの一部分の取壊を求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤原康志 裁判官 大澤巖 永吉盛雄)

〈以下省略〉

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